香水の歴史

香水の歴史

香水の歴史とは...

第二章

中世時代の香水

・香水の歴史
古代エジプトの貴族たちは、帽子などのかぶりものやカツラの中に、小さなパン生地(溶けた時に香辛料や樹脂の良い香りがするよう調理したもの)を入れていました。中世時代には、彼らはシナモン、アンバーの香りを鳥の形にして身につけていました(キプロスの鳥たち/Birdies of Cyprus)。

・中世のキリスト教:香水の低迷期
中世時代、キリスト教は香水をあまり使用していませんでした(教会は香水を「悪魔が細工したもの」として懸念していました。使用する場合は、軟膏、クリーム、バーム、お香、パフュームドオイル、花冠として宗教上の儀式で使用していました)。
中世時代、西洋で香水は減少していました。5世紀にゲルマン人の侵入で古代ローマが滅びた為、パルファムに関する芸術はビザンチン帝国に移りました。また、香りの使用は異教徒の軽蔑の象徴とされ、教会の牧師たちから罰されました。

・香水の発展におけるアラブ世界の影響
礼拝では、軟膏、オイル、お香、樹脂の使用が続きました。12世紀の途中から、アラブ世界との貿易や、十字軍、衛生(石けん)に関する必要性によって、西洋では香水が復活しました。1190年、フィリップ・オーギュスト王は「グローバーズパフューマーズ」の設立を許可しました。
香辛料のルートを支配していたアラブ人は、中国やインドからスパイスや技術を得ました。14世紀のコイルや蒸留器の発展もあり、香料の発展に大きな役割を果たした知識の相続人であるアラブ人を称したいと思います。コイルや蒸留器などの器具は、現代の香水へ発展させた技術であるアルコール蒸留を可能にしました。

・ライフスタイルと貿易ルート、香水の復活
世間の予想とは対照的に、衛生はこの時代とても重要な関心事でした。 この頃から、「ポマンダー」という香りの入ったボールが出てきました。多くのフレグランスは撤退期間中に忘れられていましたが、十字軍の為のローマへの商業道路の再開や、マルコポーロやヴェネチアの長い旅の間に触れた文明により再発見されました。十字軍が復活祭の旅から戻る際、化粧品や香りを持ち帰りました。

第一章

古代エジプトの軟膏:初めての練り型香水

香水の歴史とは文明に深く関係しており、正確な起源を特定するのは不可能です。しかし、判明していることは、古代では香水は医療に使用されており、現代のように美や幸せの為に使用されていた道具の一つという事です。心身ともに癒しを与えてくれるものであるという認識がすぐに広まりました。

エジプトは香水の発祥の地と言われています。世界でもエジプトの調香師は最も有名で、地中海沿岸地域ではそのノウハウは大変重宝されていました。

エジプトの人々は、はじめ宗教上の儀式や葬儀に香水を使用していました。香水の広まりと共に、 エジプトの人々は香水に関する知識を多く習得し、香水文化は日常生活にも広まりました。

宗教上の主な香水の使用方法:
・「パフューム」はラテン語の由来(フランス語では「煙によって」)の通り、空気を浄化するという役割があります。
・軟膏という形で、重要人物のミイラ化や大切な銅像のクリーニングの際に使用していました。この時にはエジプト中が軟膏を使用しはじめました。バルサミコ酢を入れた小さなコーンを額に置き、溶かしながら顔中を香りつけします。

当時、エジプトは蒸留作業についてあまり精通していませんでした。しかし、花を脂肪分の多いものに漬け込み、高温にかけるとアロマに変わる、というような香水の作り方を知っていました。これが初めての香水とされてます。また、フローラルな香りを採取する為には、花を摘んだ直後に布でこすという技法もありました。

調香師は様々なオイルでフレグランスを作っていました:カヤツリグサオイル、ゴマもしくはレタスシードオイル、オリーブやナッツオイル、バランやベンゾインオイル等。それから、ハーブ、スパイス、フラワーでアロマ付けされていました。ムスクやりゅうぜん香、ジャコウネコ等の動物に関わるものはピュアではないと判断され、使用されませんでした。

最初に使われていたエジプトの花の中でも、ブルーロータスの香りは最高峰とされていました。カヤツリグサやショウブ、そしてスイセン、リリー、アイリスなども使用されていました。香りの種類を増やす為に、エジプトの調香師は最終的に新しい植物などを船や陸送で輸入しました。このようにして、ピンクロータス、ローズ、エゴノキ、サフラン、キプロスオイル、レジン、ガルバナム、オポパナクス等がエジプトに入ることになり、香りに幅をもたらしました。